それでも歩いていく ver.2

大人になった発達障害者の子どもたちとの生活記録や、頭の中とっちらかった自分の時間やお金の管理、 ハウスキーピングのスキルアップ奮闘記。の予定。

ハンドメイドのお店に行ってきた

 先日、お菓子の壽城(おかしのことぶきじょう)にあるハンドメイドのお店に行ってきました。

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 7月にオープンしたようですが、壽城というと観光客向け施設という先入観もあり、Facebookページがあるのも検索して初めて知りました。

 

 お店は淀江の壽城の二階にあるNikaiさん。

 階段を上がると正面にすなば珈琲、後ろを振り返るとこの看板があります。

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  地元山陰のハンドメイド作家さんの作品の常設展示販売のお店です。

 前にも別のイベントに行ったことありますが、これだけたくさん並んでいるとすごくわくわくしますね。

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 アクセサリーがいちばん多いかなという感じでした。

 イヤリング、ピアス、ネックレスはとてもたくさん。

 革製品や布製品、陶器もあります。

 素材もレジン、プラスチック、石、金属、革、布、紙、いろいろあって、見ているだけでそわそわ、わくわく。

 ねこモチーフが好きなので、そこだけ長い間うろうろして見ていたりとか。

 

 お客さんは最初わたしだけだったので、時間をかけてゆっくり見ていました。

 お金を払いに行ったとき、お店の方が話しかけてこられたので、このお店のことをインターネットで紹介してもいいですかと聞いたら快諾してくださいました。

 写真も撮らせてもらいました。そのころにはほかのお客さんもこられたので早々に写真撮らせてもらって帰りましたが、また行きたいな。

 

 レジ前にとても目立つイラストがあったので、そのイラストに惹かれてノートとにゃんこのかわいいストラップを買いました。

 ほかにも欲しいものはたくさんあったけど、いつでもお店はあるんだし、また来ようと思い、今回はこれだけ。

 お店の人がワインカラーのバッグをつけてくださいました。

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 山陰に、こんなにたくさん個人(法人も?)でハンドメイド作品を作っている人がいるんだなというのは驚きました。

 ハンドメイドというと学校のバザーで作業所などの作品を見ることくらいだったので。

 布製の母子手帳カバーなんかすごい力作で、こういうの作れるのすごいなぁとじっくり中を見てました。

 

 毎月お店の商品や出品作家さんは入れ替わるらしいので、また冬ごろに行ってみたいと思います。 

 

 わたしが見逃してただけかもしれないけど、お店のチラシとか入口に置いてあるといいのにな。

 あとネットで調べてもなかなかヒットしなかったから、たくさんの人が行ってSNSとかで発信して検索しやすくなりますように。

 もっと知られてもいいと思うので、ネットの片隅から発信します。

 

 

お菓子の壽城

 お菓子の壽城は国道431号を岡山方面に向かって、国道9号との交差点を過ぎて、高架を上がって下がったらすぐ左手にあります。

 大きなお城が目印。というかそのお城が壽城。

 689-3425 鳥取県米子市淀江町佐陀1605-1

 営業時間 9:00~18:00

 

 一階は地元特産品のお店があって、例のすなば珈琲のお店もあります。(二階にもありました)

 コーヒーのいい香りとそのほかの食品のいい匂いでいっぱい。

 壽城の主力商品とち餅の製造過程もガラス越しに見られます。

 

 

 今回行ったのは雨の日だったから、お城の写真撮れなかった。残念。

 

 

片づけや収納が苦手なわたしに愛の手を

 物心ついたときからごっちゃりしたものに埋もれて生活してました。

 みんなそんなもんだと思って生きてきたけど、高校時代、友だちの家に遊びに行ったら、当時その友だちがカントリー風?インテリアに凝っていた、そのおしゃれなお部屋に招かれて初めて、あれ、なんか違う?と気づいたのが最初。

 

 大学生でひとり暮らしを始め、友だちを招いたとき、この4月に引っ越してきたとは思えないくらいモノが多い!と言われ、そうかモノが多いのかと自覚した。

 

 周りを見て客観的に自分を見る、というのがどうも苦手だったんだなと結婚してからわかったけど、わりといろいろマイペースでした。

 

 子どもが生まれてから『片づけられない女たち』を知って買ったんですが、読んでるうちに自分に当てはまることがあまりにも多くて、うわぁーって恥ずかしくなり(共感性羞恥?)、いまだに未読です。

 でも、もっと探しものの時間を減らしたい、頭の中やものごと、部屋をきちんと整理収納したいという気持ちはずっと持っていました。 

 手帳にはなにかの可能性を感じていたのか、成人してからはずっと「書き留める」ことから離れなかったような気がします。

 

 片づけや整理収納がへたくそなことに関しては、結婚して最初の十年くらいまでは夫とよくもめました。

 『大卒なのに掃除片づけができないわけないだろ』というわけのわからない理屈で責められます。

 あげくの果てに『お義母さんは片づけの仕方を教えてくれなかったのか』と母までなじることになり、わたしがブチ切れるという。

 

 わたしの反論は、『母はふつうに掃除や整理整頓ができる人で、ちゃんと人並みに家をきれいにしてた。掃除をすることも教えてくれた。ただわたしの自室だけが片づかなかった。

 三人姉弟の中で、わたしと上の弟は片づけができなかったけど、下の弟は潔癖できちんとしていないと気が済まなくて、同室の兄とよくもめてた。

 だから同じ親に育てられても、教えてもらっていても、掃除片づけができる子できない子、センスがある子ない子、きれいな状態を保持できる子できない子がいる』

 

 わたしの反論を十年以上一緒に生活することでわかってくれた夫は、今ではわがやの掃除関係を一手に引き受けてくれています。

 

 わたしももっときちんとしたいという気持ちはあるのですが、整理整頓片づけ収納に関して、ホントにセンスがないんだろうと思います。

 おまけにため込みぐせもある。

 断捨離や片づけ系の本もいくつか読みました。

 早道はモノを減らすことだろうというのもなんとなくわかりました。

 モノが減れば収納に悩まなくてもたぶんいい。

 

 でもきれいな収納かつ『さがしものをしなくてもいい収納』も知りたいのです。

 

 前回のエントリの最後でも少し話しましたが、人さまがどんな収納をしているか見たいのです。

 

 

 

 twitterをされてる方で、もしうちの収納どう? こうやればいいよっていうのを写真で見せてくださる神がおられたらぜひぜひ #あなたの収納見せてくださいタグで見せてください。

 整理整頓片づけ収納に関してはまったくアイデアもセンスも持ち合わせていないので、人さまのいい事例を見て勉強したいのです。

 よろしくお願いします。

 

 ちなみに、わがやでいちばん機能的(かもしれない)シンクの吊り戸棚の上部。うん、これでもまだなんとかできそうですよね知ってる。でもやり方がわかんないんです。

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 今日、書店のインテリア系書籍のところ見たら、わりとあるんですね写真集的なお片づけの本。

 わたしと同じタイプのため込んだモノの行き場がなくて、床にドーン、テーブルにドーンな感じの人のおうちに、プロの手を入れてここまできれいになりましたっていうBefore After本とか。

 専門家に手を入れてもらう勇気、それを本にして公開される勇気(名前住所は非公開だけど)、同類のセンスがないわたしとしては本当にありがたいです。

 

 立ち読みだったのでパラパラとしか見られなかったけど、じっくり読み込むにはやっぱり買うべきかなぁ。迷っています。

 ただBefore Afterが画像で載っているというのは、すごくありがたいです。イメージしやすいから。

 そういういいイメージをたくさんため込みたい。

 そうしたらセンスない頭にもなにかいい刺激がありそうだから。

 

 そういえば、こういう事例本には共感性羞恥はあらわれないなぁ。

 

  整理整頓片づけ収納系で画像が多くておすすめな本を教えてくださる方も大歓迎です。

 

 

 

眠いのがこわい

  昼間の眠気が強いなーというのは、学生時代から感じてました。

 高校時代は、成長期だからなんだろうなって思ってた。

 でも帰宅部だったので、帰宅して眠かったら夕食まで仮眠してたし、深夜ラジオ聞くために早く寝て早朝?起きてそのまま学校に行ったりとかしてました。

 眠いときはすぐに眠れた。さすがに授業中は眠らなかったけど。

 

 大学生のときはサークル活動を二年ほどがんばって、バイトもふたつ掛け持ちしていたので、やたら眠かった。授業中にも寝てました。

 

 ある講義で、ナルコレプシーという突発的にあらがえないほどの強い眠気をもよおす病気があると知り、自分はそれじゃないかと思って先生に聞きに行ったら、ナルコレプシーはほんとに瞬間的に眠りに落ちるんだから君は該当しないと言われて、じゃあこの眠気は何だろうと思ったけど、ただの睡眠不足だろうという結論に達しました。

 

 サークルをやめた大学生活後半は時間にも余裕ができたので、眠りたいだけ眠ったら、連続18時間睡眠という自己最高記録をつくり、起きたときに朝なのか昼なのか夜なのかわからないという体験をしました。

 このときも眠りたいときにはすぐに眠れた。

 

 卒業後、まあいろいろあってすぐ結婚して子どもも生まれ、子どもたちがADHDだと診断されました。

 そのご縁でいろんな専門家や仲間や当事者の方々と出会えたんですが、ADHDの人の中には昼間の眠気が強いという人がちらほらいました。

 息子は超多動児だったので、すごい勢いで動き回り、疲れたら電池が切れたという表現がぴったりなくらいぱったり眠りに落ちるというのを目の当たりにしました。

 頭の中の多動が大人になっても治らないのがADHDなら、夜ちゃんと眠っても昼間に疲れてしまって、眠くなるのも当然なんだろうな、と。

 

 わたし自身はADHDの診断を受けてはいませんが、頭の中が多動な自覚はあるので、出かける前に探しもので疲れる。多動な子ども(息子)こだわりの強い子ども(娘) を定時に出かけさせるのに疲れる。

 いろんな理由で疲れる実感があって、眠気はそのせいかなとなんとなく腑に落ちました。

 

 三十代半ばごろ二年ほど、パートだけど掛け持ち仕事をしていて、そのときは仕事と仕事の合間に眠っとかないと死んでしまう!と思っていたし、眠りたいときにはすぐ入眠できていました。

 さすがに体がもたないので、二年ほどで掛け持ちをやめましたが、その後、三十代後半から眠りが浅くなったような気がします。

 いつも夢を見ている(たぶん気のせい)ような気がするし、ちょっとした物音で目が覚めるし、なによりも入眠して三~五時間で一度目が覚めてしまう。

 仕事が夜寄りの勤務だったのもダメだったのかもしれません。

 いろいろがんばったけど、どうしても連続で眠れない。

 眠れないと起きている時間にいつもよりも眠くなる。

 でも布団に入ると眠れない。

 

 そのころ、デジタルガジェットを持ち始めたのをきっかけに、睡眠記録を取り始めました。

 最初はほぼ日手帳のバーチカル部分に記入していたけど、ネットサービスを使うと自動的に一覧にしてくれるし、視認性がよかったので、今はなき、ねむログというサービスを使っていました。

 

 ipod touchのアプリで眠るときに記録して、起きるときにはまた記録する。それだけで一覧にしてくれます。

 どうしても細切れ睡眠になるので、合算で七時間眠れたら大丈夫という自分の中の安全ラインをつくりました。

 根拠はありません。なんとなく七時間。

 

 でもその根拠がない七時間に長い間とらわれていたというか、七時間に少しでも足りないと不安になってしまうようになりました。

 七時間に足りないから、仕事中眠くなるんじゃないかって。

 

 でもよくよく思い返してみたら、仕事中はなんとなくハイ?になってるような気がしないでもないので、ミスることはあっても、眠くてたまらんということはないような。

 

 いちばん眠いのは出勤前なんですが、その時間さえ乗り越えられればなんとかやれてしまいます。

 仕事、人手が足りなくていつも忙しいし。

 七時間以上眠れていたとしても、やっぱり出勤前は眠いのです。

 

 これは出勤前だからしょうがないことなのか、それとも自分に合った睡眠時間があるのか。

 ちょうど月も変わったことだし、今月いっぱいかけて試してみようとふと思いつきました。

 

 休みの日は、病院だったり買い物だったりいろんなお出かけしないといけないことが時間指定であるので、とりあえず四時間しか寝てないけどこのまま行ってしまえ!みたいな、勢いでなんとかしてしまうところもありますが、仕事の日ってどうしても気力体力温存モードになってしまうのです。

 眠いのが怖い=注意散漫でミスるのが怖い、かもしれません。

 

 休みの日は注意散漫でも(運転しない限り)まあいっか、と自分に言い聞かせてるふしもあるし。

 

 ……とつらつらと考えをまとめていたら、ちょっと楽になりました。ブログばんざい。

 

 でもできるだけ「こわい」を減らすために、今月は合算睡眠時間と、仕事中の眠気の関連を調べてみようと思います。

 ちょうど今年からBullet Journalで睡眠ログ記録一覧を書き始めたしね。 

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 あと、積ん読してた、藍玉さんの『まずは、書いてみる』とtwitterでちらほら話題になってた『家しごとがもっと楽しくなるノート術』を読んだから、ちょっとやる気が出たというのもあるし。

 

おくちの健康

 物心ついたころから、歯医者さんには本当にお世話になってきました。

 たぶんわたしのカルテがいちばんたくさんあるのは歯医者さんだといっても間違いではないくらい。

 

 昔から歯の健康には無頓着だったので、痛くなってから歯医者に行き、かなり進んだ虫歯の治療に時間がかかり、十代ですでに奥歯の銀色率高いよという感じに。

 

 二十代で親知らずが成長し始めて四本のうち三本とは早めにさようならしました。

 いちばん成長の遅かった右下奥歯はほぼ真横といっていい方向、耳に向かって生えているという困ったちゃんで、三十代のときかかった歯医者さんで、抜くとしたら大掛かりな手術になるから、抜歯せず温存で行こうといわれ、今に至ります。

 

 今通っている歯医者さんは、何件目かな。

 数年前に引っ越しをして、いちばん家から近かったからという理由で通い始めました。

 わたしのように飽きっぽい人は、遠くはダメ。雨でも雪でもちょっとがんばれば通える距離がいちばんよいです。

 

 ここの歯医者はなかなか治療が終わりません。

 毎回ちょっとずつ治療して、いちばん長いときは、一つの虫歯治療に一年半! まあそれは、子どものころにかぶせてもらった銀歯の下が大変なことになってたから、時間がお薬というのもあったぽいけど。

 でも説明は丁寧だし、痛いって言ったらすぐ麻酔してくれるし(痛いの大嫌い)、歯みがき指導も毎回ちゃんとしてくれるし、頭痛持ちのせいで当日キャンセルをすることがたびたびあっても、気軽に予約変更できるし、治療最終日には、定期検診の予約を必ず入れさせるという、半強制定期検診サイクルをつくってくれるのはいいなと思います。

 

 歯医者って怖いじゃないですか。

 治療終わったら、やったーもう二度と来ないぞ!って浮かれるじゃないですか。

 

 でも虫歯で治療を受けたことがあるということは、またできる可能性があるってことで、どうせ治療するなら早いうちに、痛みもないうちにがいいじゃないですか。

 

 それに気がついたのが四十代になってからという遅さなんですが。

 それもこの歯医者さんで教えてもらったような気がします。

 歯がしみるのは虫歯じゃなくて年齢(&みがき方のヘタさ)による歯周病ではぐきがちぢむことによる知覚過敏のせいもあるとか。

 お水じゃなくてぬるま湯でゆすぐといいとか。

 力が入りやすい歯みがき始めは裏側からみがくとよいとか。

 衛生士さんにいつもいろいろアドバイスをもらっています。

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 前回の歯みがき指導で教えてもらったのがこれ。

 乳幼児用仕上げみがき歯ブラシをもっと小ぶりにしたようなこれ。

 これがすごくいいお仕事をしてくれてます。

 わたしの最終爆弾右下親知らずは真横に生えているので、普段使いの歯ブラシだと届かないところがあるんです。

 そこにこのピンポイントブラシを潜入させて、鏡も使いながらみがく。

 ついでに前歯の間も意外にみがけてないのでみがく。

 歯のカーブのところの裏側もブラシが当たってないのでみがく。

 

 すると定期検診のはぐきチェックで、すこーしよくなってたようです。やった!

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  このピンポイント歯ブラシ、わたしは歯医者に行くたびに買おうかなと思ってるんですが、ネット通販でも買えるようです。

Ciメディカル ミクリン MICLIN ワンタフト 1本 (M, ソフトピンク)
by カエレバ

  かたさはやわらかめなんだけど、すぐに開くこともなく、いい感じではぐきと歯の間をみがくことができます。

 前は一分くらいでささっと、な感じでみがく日もあったんですが、今はふだんの歯ブラシでひととおりみがいて、一度ゆすいでから、今度は鏡を見ながらゆっくり気になるところをみがくというやり方に変えました。

 自分でも、めっちゃすっきりしたって思えます。

 

 あと、大事なのは「歯みがき粉」かな、と。

 大人になったらスパイシーなからさも苦みもいけるようになると思ってたんですが、ついに不惑を迎えてもカレー辛口もキムチもコーヒーもわさびも受けつけられないままでした。

 なので歯みがき粉も同じくミントが効いているものはみがき続けられなくて断念。

 知覚過敏用歯みがき粉にも結構からめのがありまして。

 がんばって三本くらい使ったものの、知覚過敏に効いてるかどうかイマイチわからなかったので、ここは思い切ってからくない歯みがき粉に変えることにしました。

 

 ↓これが今のわたしの歯みがき粉。 

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 アンパンマンはみがきとってもイイ!

 からくないから、いつまでもみがける。なんでもっと早く幼児用使わなかったんだろうって後悔するくらいイイ。

 

 右のデンターシステマ、こちらは大人向けだけどあんまりからくないのでお勧めです。

 

 みがいてもどうせ虫歯はできるんだから、歯医者さんとは縁をきらさないようにして、みがくときもできるだけ快適にしていけば、おくちの健康は今レベルには保てるのかな、なんて思ったりしてます。

 

キシリデントライオン こども ハミガキ 60g
by カエレバ

 

 

 

 

 

 

 

2017も雪にやられた。

 カメムシが大量発生した次の冬は大雪っていう話があるけど、本当かも?と思っているところです。おはようございます。

 

 おとといの夜から静かに降り出した雪が今朝も攻撃的に積もってます。

 朝7時現在でコレ。 

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  昨日から雪かきに着手していない車は埋もれています。

 

 積雪は30~40cmくらい。でも、雪かきした後の雪の山は場所によりメートル級。

 今日はさらに冷えて固まった雪で大混乱になるんだろうな。

 

 米子道では今も大雪で動けない車が何十台もあるとか。早く動けますように。体調悪くする人ができませんように。

www3.nhk.or.jp

 先々週末も寒波がやってくると聞いてためたお水を消費したところ、もっとすごい寒波が来たので、またお水をためました。

 なんか毎週ためている。 

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 でも断水は怖いし不便だからね。ためます。

 去年の寒波による断水は出たり止まったりをくり返しながら三日ほど過ごしたので、ほんとしんどかったです。

 今朝はまだ出るみたいだからホッとした。

 

 近年最悪の豪雪だったのは六年前。

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 あのときの雪は見たことないくらいひどかった。

 雪の深さに絶望して家に逃げ帰ること数回。

 でも冷静になると、この雪を自力で何とかしないと何も進まないって思いなおして立ち向かう→逃げ出す→また立ち向かうってことをくり返し、人間って困難でどうしようもないって思っても、時間がたてばちょっとはやる気(やらんとしゃーないっていう投げやり半分なやる気)が出てくるもんなんだって知ったいい機会でした。

 

 そのときの記録。

災害対策 | それでも歩いていく

 

 わたしの中の大雪の基準がこれなので、いつも2011年よりもすごいかどうかで判断してしまうけど、さすがに雪の量じゃなく、気温で水道管ダメージ受けた去年は日数が長かった分こたえました。

 

 毎年、水の準備だ、停電の準備だってなって、いつも肝心な雪かき道具を後回しにしてしまう。

 鉄製のショベルはあるけど、あれ重くてすぐ肩腰に来るので、いつもスノーダンプを買わないとって思ってるのに忘れる。

 シーズンオフに買う! おぼえがき。

by カエレバ

 

 

 さて、明るくなったし、雪かきに行ってくるかなぁ。 

 明るくなって全貌がわかると、またうわぁ、って躊躇するんだけど、がんばろ。

 

 

Bullet Journal 2017年バージョン

 2016年にも同じようなエントリを書きましたが、年が変わってBullet Journal四年生の今、どんなふうに使っているかをご紹介したいと思います。

 

steps.hatenablog.jp

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親の会の思い出

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 去年の秋に、親の会活動終了しますとtwitterで告知して、2015年末で14年の活動に幕を閉じた、鳥取県西部発達しょうがい児親の会ハッピーエンジェル。

 こちらはサイト跡地。http://angel.s27.xrea.com/

 

 活動といっても、14年大体毎月、発達障害のある子どものお母さん(たまにお父さんも)、かかわってくれる支援者の人が集まって、持ち寄ったお菓子とお茶をお供に、子どものこと、学校のこと、病院のこと、勉強会や講演会のことなどの情報交換、グチ悩み相談いろいろ話してすっきりして帰るという場でした。

 

 親の会っぽい対外活動としては、初期のころに、発達障害の子どもを受け入れてくれる高校や学科設置をというお願いをしに、当時の県議さんを通じて県や市に働きかけにいったことくらい。

 わたしはずっと代表をしていたので、いろんなところに行かせてもらったけれど、ただ創立からいるからという程度の代表なので、積極的に熱意をもってお願いしに回るとかじゃなくて、なんか申し訳なかったです。

 

 あれから時がたって、ハッピーエンジェル以外に、熱意をもって活動していると思われる親の会もできたようです。

 発達障害の知名度も上がり、特別支援学校高等部以外に、進学する道もずいぶん増えました。

 

 過去の記録を見てみたら、2007年、自立支援法が始まったころ、勉強会をしていたようです。

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 読み返してみたら、勉強会の後、あれもやりたい、これもやらなきゃっていろいろ頭の中にあるようだけど、それが実現してないところを見ると、いつもの「企画はするけど動かず(動けるほどの考えがまとまらない&熱意が持続しない)」パティーンだったんだろうなと。

 ああ、頭の中が多動な人あるあるだ。

 

 息子が十年お世話になった主治医先生は、リタリン騒動の後くらいに医学部から教育学部に移られ、その後も限られた診察日(月二回!)でいろいろ話を聞いてくださいました。

 親の会に来られることはなかったけど(忙しいので無理)、息子の診察日なのに、親の会の相談にも乗ってくださった。ただ話をするだけの会にも存在意義はあると言ってくださった。主治医先生には本当に感謝しています。

 異動になる前には、教育学部に替わって、通常学級にあたりまえにいる発達障害の子どもにだれでも適切な対応ができるよう、教師を目指す人たちに発達障害のことを教えていく計画も実りつつあるのかななんて話をされてて、ああすごい先生だったんだなって。

 

 地元の医療系専門学校の臨床心理士の先生にも、何度か来ていただきました。

 

 親の会サイトをつくったあたりから、医学部の学生さんから卒論への協力をしてほしいという依頼も来るようになりました。遠く県外から来た人もいました。

 子ども自身の協力というよりも、親の心情についての話を聞きたいという人が多かったかな。これは自由参加で、有志でインタビューに協力しました。

 悩みの渦中にあると、話すのがつらい人もいるので有志で。

 過ぎたころでも、思い出してつらさフラッシュバックでやっぱりグッときたけども。

 

 親子イベントで、卒論で知り合った大学生のお兄さんお姉さんと遊んでもらう会をしました。多動な子たちの相手は疲れたことでしょう笑 でも子どもたちはみんなすごく楽しんでました。

 

 初期にはLD等専門員の先生方にもすごくすごくお世話になりました。

 各学校を回って、相談を受けたお母さんたちをみんなハッピーエンジェルに誘ってくださって。なので、初期のメンバーさんは先生経由で来てくれたお母さんが多いです。

 

 あとはわたしのつたないインターネット知識を駆使してつくったサイトとか、wordでつくったなんちゃってチラシを病院とか療育施設に置かせてもらって、それを見て連絡くれた人とか。

 

 そうやって来てくれた人の中に、めっちゃネットやデジタル系ツールに詳しい人がいて、後半は電脳系はほぼ彼女にお世話になりました。メンバー専用ツールを使おう! メーリングリストやろう、mixiやろう、Facebookやろう、みんな彼女がセッティング管理もろもろやってくれました。わたしは言うだけ。ごめんなさい。いつもありがとう。

 

 親子イベントを積極的に企画してくれる人も現れました。元学校の先生です。

 野外で鉄板焼きとか、お花見で学校のグラウンドくらいある広場の外周で果てしない鬼ごっことか、大山青年自然の家で目いっぱい遊ぶとか。

 子どもたちおおよろこびでした。

 

 いつもはお茶会だけど、年末には忘年会ランチと銘打ってお昼ごはん一緒に食べたりとか。お母さんだけですけど。

 

 最後の年には、ご縁あって知り合った社会福祉法人の方が発達障害の勉強会をされるということで、何度か有志で参加させてもらいました。

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 山陰発達障害当事者会スモステの会の難波さんの講演会や、療育相談会を主催していただき、勉強になりました。

山陰発達障害当事者会スモステの会 | 松江市共創のまちづくり支援サイト

 療育相談会は、親の会メンバーから相談を募って、それに難波さんが当日ひとつひとつ回答をくださるというすごくぜいたくな相談会でした。難波さん、ありがとうございました!

 

 

 そんな感じで14年、ほぼお菓子食べて話す、という活動をしてきました。

 なんで突然こんな思い出話をするのかというと、先日、やっと自分の中で区切りがついたからです。

 

 14年間茶話会メインの活動をしてきましたが、会費ももらってまして、それが残ったので、メンバーさんへの卒業記念品を買ったり、残りを寄付したりの清算をしなけれならず、本当なら今年の初めには終われるはずだったのが、今月やっとできまして。

 先週、年一回やろうねと言っていた同窓会ランチをして、やっとわたしの中で区切りがつきました。

 

 これで本当にハッピーエンジェルが終わったんだなぁって。

 

 でも、この14年での出会いで、貴重なつながりも友だちもできたので、いい14年だっ たなって思います。

 

 14年間のいい出会いに感謝しつつ、もう団体という肩書も知名度もないけど、これからは個人でできることを探して、熱意が持続する範囲でやっていこうと思います。