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それでも歩いていく ver.2

大人になった発達障害者の子どもたちとの生活記録や、頭の中とっちらかった自分の時間やお金の管理、 ハウスキーピングのスキルアップ奮闘記。の予定。

親の会の思い出

発達障害

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 去年の秋に、親の会活動終了しますとtwitterで告知して、2015年末で14年の活動に幕を閉じた、鳥取県西部発達しょうがい児親の会ハッピーエンジェル。

 こちらはサイト跡地。http://angel.s27.xrea.com/

 

 活動といっても、14年大体毎月、発達障害のある子どものお母さん(たまにお父さんも)、かかわってくれる支援者の人が集まって、持ち寄ったお菓子とお茶をお供に、子どものこと、学校のこと、病院のこと、勉強会や講演会のことなどの情報交換、グチ悩み相談いろいろ話してすっきりして帰るという場でした。

 

 親の会っぽい対外活動としては、初期のころに、発達障害の子どもを受け入れてくれる高校や学科設置をというお願いをしに、当時の県議さんを通じて県や市に働きかけにいったことくらい。

 わたしはずっと代表をしていたので、いろんなところに行かせてもらったけれど、ただ創立からいるからという程度の代表なので、積極的に熱意をもってお願いしに回るとかじゃなくて、なんか申し訳なかったです。

 

 あれから時がたって、ハッピーエンジェル以外に、熱意をもって活動していると思われる親の会もできたようです。

 発達障害の知名度も上がり、特別支援学校高等部以外に、進学する道もずいぶん増えました。

 

 過去の記録を見てみたら、2007年、自立支援法が始まったころ、勉強会をしていたようです。

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 読み返してみたら、勉強会の後、あれもやりたい、これもやらなきゃっていろいろ頭の中にあるようだけど、それが実現してないところを見ると、いつもの「企画はするけど動かず(動けるほどの考えがまとまらない&熱意が持続しない)」パティーンだったんだろうなと。

 ああ、頭の中が多動な人あるあるだ。

 

 息子が十年お世話になった主治医先生は、リタリン騒動の後くらいに医学部から教育学部に移られ、その後も限られた診察日(月二回!)でいろいろ話を聞いてくださいました。

 親の会に来られることはなかったけど(忙しいので無理)、息子の診察日なのに、親の会の相談にも乗ってくださった。ただ話をするだけの会にも存在意義はあると言ってくださった。主治医先生には本当に感謝しています。

 異動になる前には、教育学部に替わって、通常学級にあたりまえにいる発達障害の子どもにだれでも適切な対応ができるよう、教師を目指す人たちに発達障害のことを教えていく計画も実りつつあるのかななんて話をされてて、ああすごい先生だったんだなって。

 

 地元の医療系専門学校の臨床心理士の先生にも、何度か来ていただきました。

 

 親の会サイトをつくったあたりから、医学部の学生さんから卒論への協力をしてほしいという依頼も来るようになりました。遠く県外から来た人もいました。

 子ども自身の協力というよりも、親の心情についての話を聞きたいという人が多かったかな。これは自由参加で、有志でインタビューに協力しました。

 悩みの渦中にあると、話すのがつらい人もいるので有志で。

 過ぎたころでも、思い出してつらさフラッシュバックでやっぱりグッときたけども。

 

 親子イベントで、卒論で知り合った大学生のお兄さんお姉さんと遊んでもらう会をしました。多動な子たちの相手は疲れたことでしょう笑 でも子どもたちはみんなすごく楽しんでました。

 

 初期にはLD等専門員の先生方にもすごくすごくお世話になりました。

 各学校を回って、相談を受けたお母さんたちをみんなハッピーエンジェルに誘ってくださって。なので、初期のメンバーさんは先生経由で来てくれたお母さんが多いです。

 

 あとはわたしのつたないインターネット知識を駆使してつくったサイトとか、wordでつくったなんちゃってチラシを病院とか療育施設に置かせてもらって、それを見て連絡くれた人とか。

 

 そうやって来てくれた人の中に、めっちゃネットやデジタル系ツールに詳しい人がいて、後半は電脳系はほぼ彼女にお世話になりました。メンバー専用ツールを使おう! メーリングリストやろう、mixiやろう、Facebookやろう、みんな彼女がセッティング管理もろもろやってくれました。わたしは言うだけ。ごめんなさい。いつもありがとう。

 

 親子イベントを積極的に企画してくれる人も現れました。元学校の先生です。

 野外で鉄板焼きとか、お花見で学校のグラウンドくらいある広場の外周で果てしない鬼ごっことか、大山青年自然の家で目いっぱい遊ぶとか。

 子どもたちおおよろこびでした。

 

 いつもはお茶会だけど、年末には忘年会ランチと銘打ってお昼ごはん一緒に食べたりとか。お母さんだけですけど。

 

 最後の年には、ご縁あって知り合った社会福祉法人の方が発達障害の勉強会をされるということで、何度か有志で参加させてもらいました。

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 山陰発達障害当事者会スモステの会の難波さんの講演会や、療育相談会を主催していただき、勉強になりました。

山陰発達障害当事者会スモステの会 | 松江市共創のまちづくり支援サイト

 療育相談会は、親の会メンバーから相談を募って、それに難波さんが当日ひとつひとつ回答をくださるというすごくぜいたくな相談会でした。難波さん、ありがとうございました!

 

 

 そんな感じで14年、ほぼお菓子食べて話す、という活動をしてきました。

 なんで突然こんな思い出話をするのかというと、先日、やっと自分の中で区切りがついたからです。

 

 14年間茶話会メインの活動をしてきましたが、会費ももらってまして、それが残ったので、メンバーさんへの卒業記念品を買ったり、残りを寄付したりの清算をしなけれならず、本当なら今年の初めには終われるはずだったのが、今月やっとできまして。

 先週、年一回やろうねと言っていた同窓会ランチをして、やっとわたしの中で区切りがつきました。

 

 これで本当にハッピーエンジェルが終わったんだなぁって。

 

 でも、この14年での出会いで、貴重なつながりも友だちもできたので、いい14年だっ たなって思います。

 

 14年間のいい出会いに感謝しつつ、もう団体という肩書も知名度もないけど、これからは個人でできることを探して、熱意が持続する範囲でやっていこうと思います。